「会社の重要なデータは、昨日の状態に戻せますか?」——この質問に 根拠を持って「はい」と答えられる中小企業は、実はかなり少数派です。
多い答えは「クラウドに置いてあるから大丈夫だと思う」。 残念ながら、これは多くの場合「大丈夫」ではありません。 この記事では、なぜクラウド保存だけでは守れないのか、 何をどう備えれば守れるのかを、IT担当がいない会社向けに解説します。
「同期」はバックアップではない
OneDrive、Google ドライブ、Dropbox。これらの標準的な使い方は 「同期」です。手元のPCのファイルとクラウド上のファイルを、 常に同じ状態に保つ仕組みです。
ここが落とし穴です。同期は「同じ状態に保つ」のが仕事なので、 悪い変化もそのまま忠実にクラウドへ反映します。
- ランサムウェアがPCのファイルを暗号化する → 暗号化されたファイルが同期される
- 社員が誤ってフォルダごと削除する → クラウド側も削除される
- ファイルを間違った内容で上書き保存する → 上書き後の内容が同期される
つまり同期は「PCが壊れた・失くした」には強い一方、 「ファイルそのものが壊された・消された」には無力です。
多くのクラウドサービスにはごみ箱や版履歴(バージョン履歴)があり、 一部は復元できます。ただし保持期間は30日〜93日程度が一般的で、 気づくのが遅れれば戻せません。全ファイルを一括で特定時点に巻き戻す操作も、 プランによってはできません。「ごみ箱があるから大丈夫」は、 気づくのが早かった場合にだけ成立する保険です。
バックアップが守ってくれる4つの事故
バックアップとは、ある時点のデータの複製を、元データと切り離して 別に保管しておくことです。これがあると、次の4種類の事故から戻れます。
- ランサムウェア・ウイルス: ファイルが一斉に暗号化されても、感染前の複製から戻せる
- 機器の故障: PCやNAS(社内の共有ファイル置き場)が突然壊れても、複製が残る
- 人のミス: 誤削除・誤上書きに、後から気づいても戻せる
- 災害・盗難: 火災・水害・事務所への侵入でも、別の場所の複製が残る
逆に言えば、この4つのどれかが起きたとき、 バックアップがなければ「戻す」という選択肢自体が存在しません。 見積書、顧客名簿、会計データ、設計図面——作り直せないデータが消えたまま 業務を続けられるかを想像してみてください。
基本の型「3-2-1ルール」
バックアップの世界には、昔から使われている覚えやすい型があります。
- 3つのコピーを持つ(元データ+バックアップ2つ)
- 2種類の異なる保存先に置く(例: PCとNAS、NASとクラウド)
- 1つは別の場所に置く(事務所の外。クラウドや遠隔地)
全部を厳密に満たそうとしなくて構いません。大事な考え方は2つです。
「1ヶ所だけに置かない」。元データとバックアップが同じ機器・同じ場所にあると、 1回の事故で両方失われます。
「1つは切り離しておく」。ここがランサムウェア対策の要です。 攻撃者は暗号化の前にバックアップを探して先に壊しにきます。 常時つながっているバックアップは、攻撃者から見れば元データと同じ棚にあります。
中小企業の現実的な構成
理屈より「うちは何をすればいいか」でしょう。規模と予算に応じて、 現実的な構成を3段階で示します。
最低ライン: クラウドの版履歴+外付けディスクの手動バックアップ
- 日常のファイルは OneDrive / Google ドライブに置く(版履歴が第一の保険)
- 週に1回、外付けディスクに重要フォルダをコピーし、コピーが終わったらケーブルを抜いて保管する
- 外付けディスクは2台を交互に使うと、さらに安全です
費用は外付けディスク代だけ。ただし「人が手でやる」ため、 忙しくなると止まるのが弱点です。担当と曜日を決めてください。
標準: NAS+クラウドバックアップの自動化
社内にNASがある(または導入する)場合の型です。
- 各PCのデータはNASに集約する
- NASからクラウドへ自動バックアップを設定する(主要なNASには標準機能があります)
- NASのスナップショット機能(ある時点の状態を自動保存し、後から巻き戻せる機能)を有効にする
一度設定すれば人手なしで回り続けるのが最大の利点です。 注意点として、NASの共有フォルダをPCから常時読み書きできる状態は、 ランサムウェアからも読み書きできる状態です。スナップショットと クラウド側の複製が「切り離された1つ」の役割を果たします。
会計・基幹システムは別扱い
会計ソフト、販売管理、顧客管理などの業務システムは、 ファイルのコピーだけでは戻せないことがあります(データベース形式のため)。 クラウド型ならサービス側でバックアップされているのが普通ですが、 PCインストール型は、そのソフト専用のバックアップ機能を使ってください。 やり方はソフトごとに違うので、「(ソフト名) バックアップ」で検索するか、 保守契約があればサポートに確認を。
ありがちな「バックアップしているつもり」
相談の現場でよく見る、惜しい状態を挙げます。
- 外付けディスクがつなぎっぱなし: 切り離されていないので、ランサムウェアに一緒に暗号化されます。故障や落雷でも道連れです
- バックアップ先が同じ部屋: 火災・水害・盗難で元データと一緒に失われます
- 最後にいつ取ったか誰も知らない: 半年前のバックアップから戻せるのは半年前の状態だけです
- 謎のサーバーが取っている「はず」: 設定した人が退職済みで、実は数年前から止まっていた——実際によくあります
- バックアップにもパスワードや暗号化がなく、ディスクの紛失が漏えいになる: 持ち出す媒体は暗号化を
年に1回、「戻す練習」をする
最後に、最も見落とされる工程です。 復元したことのないバックアップは、あるかどうか分からないバックアップです。
年に1回でいいので、バックアップから実際にファイルを取り出して 開けることを確認してください。確認するのは3点です。
- 戻せるか: そもそも復元の手順を知っている人がいるか
- 中身は正しいか: 空フォルダや古すぎるデータになっていないか
- どれくらい時間がかかるか: 全部戻すのに3日かかるなら、その3日が業務停止期間です
PCの入れ替えのタイミングは、 復元テストを兼ねられる良い機会です。
まとめ
- クラウドの「同期」はバックアップではない。壊れたファイルも忠実に同期される
- バックアップは「複製を、元と切り離して、別の場所に」が原則(3-2-1ルール)
- 自動化できる構成が長続きする。人手の運用は担当と頻度を決める
- 年1回の復元テストまでがバックアップ
自社の現状を知りたい場合は、セキュリティ簡易チェック7項目の バックアップの項から確認してみてください。「NASはあるがスナップショットが有効か分からない」 「何が自動で何が手動か把握できていない」といった場合は、 現在お使いの機器やサービス名を添えて無料相談からどうぞ。